正直に書く。
看護師を目指した理由は、離婚のためだった。
夫と別れても、子どもたちを養えるように。
ひとりで生きていけるように。
誰にも頼らなくていいように。
それだけを考えていた。
あのころ、毎晩寝る前にシミュレーションしていた。
離婚したら、どこに住む?
子どもたちの学費はどうする?
私の収入は、いくらになる?
計算すればするほど、不安が積み重なった。
パートの収入じゃ足りない。
正社員になれたとしても、子どもの病気で休んだら?
手に職がなければ、詰む。
そう気づいたとき、看護師という選択肢が浮かんだ。
30代後半から、3年間看護学校に通った。
フルタイムで働きながら、子どもを育てながら。
教育訓練給付金と職業訓練支援金のおかげで、お金はなんとかなった。
お金まわりの話は、別の記事に書いている。
でも今日は、お金の話でも勉強の話でもなくて。
「なぜ私は、離婚しなかったのか」を書く。
看護学校の在学中に、夫が脳出血で倒れた。
開頭手術をした。実習を休んで、病院に駆けつけた。
仕事、子ども、学校、そして手術台に乗った夫。
頭が真っ白で、何も考えられなかった。
でも気づいたら、私は毎日病院に通っていた。
離婚を考えていた相手なのに。
「この人がいなくなるかもしれない」と感じたとき。
不思議と、離婚という言葉が頭から消えていた。
看護師の合格通知が届いた日のことは、今でも覚えている。
手が震えた。泣いた。
うれしいとか、達成感とか、そういう感情より先に。
「もう、ひとりでも大丈夫だ」という感覚が来た。
これだ、と思った。
私がずっと求めていたのは、これだったんだ。
夫と別れることじゃなくて。
「別れても生きていける」という確信、そのものだった。
免許を取って、病院で働き始めた。
看護師1年目は、正直しんどかった。
覚えることが多すぎて、毎日ボロボロで帰ってきた。
そんなある夜、帰宅したら夫がご飯を作っていた。
子どもはもうお風呂に入って、宿題を終えていた。
あ、と思った。
こんなに支えてもらっていたんだ。
学校に通っていた3年間も、働き出してからも。
文句を言いながらも、隣にいてくれていた。
離婚を考えていたころ、夫のことを「敵」だと思っていた。
うまくいかないことの原因が、全部そこにある気がした。
会話が少ない。わかってもらえない。すれ違う。
でも、今は違う。
「ひとりでも生きていける」と確信できたとき。
初めて夫のことを、フラットに見られた気がした。
嫌いだから離婚したかったんじゃなかった。
怖かっただけだった。
この人がいなくなったとき、私はどうすればいいんだろう。
その怖さを、怒りで覆い隠していたんだと思う。
離婚しなかった理由を、うまく言語化できない。
「夫が変わった」わけじゃない。
「関係が劇的に改善した」わけでもない。
ただ、私が変わった。
「ひとりでも生きていける」と思えたとき。
誰かと一緒にいることを、「選べる」ようになった。
依存じゃなくて、選択。
その感覚が、何かを変えた。
看護師2年目になった。
今も仕事は続けている。
子どもたちは少し大きくなった。
夫は相変わらず、文句を言いながら隣にいる。
離婚は、しなかった。
でも、看護師になったことは後悔していない。むしろ逆だ。
「もし離婚しても生きていける」という土台があるから。
毎日を、少し軽く生きられている気がする。
あのころ、不安で眠れなかった自分に伝えられるなら。
「大丈夫だよ」と言いたい。
怖くて当然だよ、と。
でも、動けば変わる。
手に職をつければ、選択肢が増える。
選択肢が増えれば、怖さが減る。
離婚するかしないかより、まず「一人でもやっていける」と思えるようになること。
それが私の、3年間だった。
もし今、同じような気持ちでいる人がいるなら。
看護師という選択肢を、一度だけ考えてみてほしい。
30代後半でも、子どもがいても、お金がなくても。
実際にそれで看護師になった人間が、ここにいる。
転職や資格取得を考えているなら、まずは情報を集めるところから。
相談だけでも、視界が広がることがある。
私がそうだったように。
