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三連休明けの仕事は、毎回しんどい。
体が休みモードから戻らない。気持ちも重い。
それでも続けているのには、理由がある。
連休明けのあの感覚
三連休が終わって、仕事に行く朝。目覚ましが鳴るたびに「あと少し」と思う。体は休んでいるのに、なぜか疲れが取れていない気がする。そのまま職場に向かいながら、「今日一日乗り切れるか」と考える。
看護師の仕事は、気を抜けない場面が多い。連休明けで頭がぼんやりしたまま、というわけにはいかない。「しんどい」と思いながらも、職場に着いたら切り替える。その繰り返しだ。
それでも続けている理由
連休明けがしんどいのは、仕事が嫌いなわけじゃない。体が休みのリズムに慣れてしまうからだ。仕事自体は、やりがいを感じる場面もある。
自立するために選んだ仕事だ。患者さんと向き合う時間は、しんどいだけじゃない。誰かの役に立てている実感が、続けていける理由になっている。
連休は連休、仕事は仕事
連休中は仕事のことを考えない。それが自分なりのルールだ。しっかり休んで、しっかり働く。メリハリをつけることで、長く続けられると思っている。
三連休明けはしんどい。でも、また来週も連休が待っている。そう思いながら今日も仕事に行く。
連休明けの仕事、しんどいですよね。
同じように感じている方、一緒に乗り越えましょう。
慣れたのは体ではなく、自分で動けるようになったことだった
「続けていれば慣れる」と言われます。私も、そうなるものだと思っていました。
でも正直に書くと、体は慣れませんでした。体力は、変わらず消耗します。むしろ、できることが増えた分だけ動く量は増えました。
では何も変わらなかったのかというと、そうではありません。楽になったのは、自分で動けるようになったところです。
最初のころは、何をするにも人に聞いていました。これはやっていいのか、次は何をすればいいのか。判断のたびに手が止まるので、動いていない時間も気を張っていました。
それが、自分で判断して動けるようになると、気持ちの重さがずいぶん減りました。減ったのは体の疲れではなく、迷っている時間のほうでした。
だからもし、今しんどい人がいたら、「体が慣れるまでの我慢」と思わないでほしいです。慣れて楽になるのは、体ではなく判断のほうです。体のほうは、こちらが守らないと守られません。
「話しやすい」と言われて、相談されるようになった
この仕事を続けてきて、いちばんうれしかったのは何かと聞かれたら、私はここを答えます。
利用者さんから「話しやすい」と言われて、相談してもらえるようになったこと。
処置がうまくなったとか、仕事が早くなったとか、そういうことではありません。困ったことがあるときに、私のところに来てくれる。それが、続けてきた中でいちばん残っているものです。
「いつも優しくしてくれてありがとう」と言ってもらえたこともあります。特別なことをしたわけではありません。ただ、話を聞いていただけです。
三連休明けの朝の重さと、この時間は、まったく別のところにあります。行くまでがしんどいことと、行った先に楽しい時間があることは、両立します。「しんどいならやめたほうがいい」と単純には言えないのは、そこです。
40代から資格を取った人には、たぶんこの部分が向いています。技術や体力では若い人にかないません。でも「話しやすい」と思ってもらえることは、年齢を重ねたぶんだけ強くなります。それは、そのまま仕事の力になります。
連休明けに「辞めたい」と思う瞬間
三連休明けの朝は、目覚ましが鳴るたびに「もう一回」を繰り返してしまう。体が重い。着替えるのも億劫。玄関を出るまでが一番しんどい。出てしまえば、あとは体が動く。でも出るまでが本当に長く感じる。「辞めたい」と思ったのは、一度や二度じゃない。連休明けのたびに、少しそう思う。でも結局、出勤する。それを繰り返している。
辞めた後が怖い、という正直な気持ち
辞めない理由を正直に答えると「辞めた後が怖いから」だ。収入がなくなる怖さ。また一から職を探す大変さ。看護師免許を取るのに3年かけた、その時間が無駄になる気がする怖さ。「好きだから続ける」でも「使命感がある」でもない。でもその「怖さ」も、悪い理由じゃないと思う。現実を見ているということだから。
「来てよかった」と思う瞬間は、たしかにある
最初は「続けなきゃ」で始まった仕事が、少しずつ変わってきた。利用者さんとの関係ができてくる。「いつも優しくしてくれてありがとう」と言ってもらえることがある。そういう瞬間があると、「来てよかった」と思う。三連休明けの朝はしんどい。でも夕方には「今日も終わった」という達成感がある。その繰り返しが積み重なって、今がある。
「続けている」という事実が、自信になっている
三連休明けに辞めたいと思っても、翌日には出勤している。その繰り返しを、もう何回やってきただろう。気づけば、看護師として働き始めてから1年以上が経った。辞めたいと思いながらも、続けている。その事実が、少しずつ自信になっている。
最初のころは、仕事帰りにぐったりして何もできなかった。今は、仕事帰りにブログを書いたり、子供の話を聞いたりできる日もある。ただ、これは体が慣れたからではない。あとで書くが、慣れたのは体のほうではなかった。
三連休明けはしんどい。それは変わらないかもしれない。でも続けてきた自分が、次も続けさせてくれる。あの連休明けの重さも、「それでも続けてきた」という記録の一部だ。辞めたいと思いながら続けることも、立派な意志だと思っている。
続けることで、少しずつ自信がついてきた。しんどさが消えたわけではない。それでも、続けてきた自分がいる。その積み重ねが、今の私だ。
三連休明けは、気持ちが重い。それでも玄関を出れば、体は動く。この仕事が好きだから続けている、とは言えない。ただ、利用者さんと話す時間だけは楽しかった。しんどさと、その時間と、両方を抱えたまま通ってきた。そのくり返しが、今の自分をつくっている。
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