看護師の給料は安い?大卒より低くなった現実と、私が病院を辞めた理由。

看護師の給料、正直に書く。大卒より低くなった現実と、私が病院を辞めた理由。

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看護師の給料は安いのか。もう少し正直に書かせてほしい。

ひと昔前は、看護師の初任給のほうが大手企業の大卒より高かった、と言われていた。「手に職をつければ食べていける」という言葉も、その頃は本当だったのだと思う。

でも今は違うようだ。調べてみると、大卒の初任給はここ数年上がり続けている。一方で看護師の初任給は、それほど大きくは動いていない。

ただし先に断っておくと、これは私がネットで調べた範囲の話で、統計をきちんと確かめたわけではない。数字が必要な人は、厚生労働省の資料や各都道府県のナースセンターで確認してほしい。ここから先に書くのは、あくまで私が実際にもらった金額と、そのとき感じたことだ。

総合病院1年目の現実

卒業してすぐに入った総合病院の初任給は、額面25万円。手取りは21万円だった。

休日は4週7日制。月の休みが少ない。サービス残業は当たり前。定時に帰れた日がどれだけあったか、思い出せないくらいだ。

もし私が、看護師という仕事しか知らなかったなら、これが普通だと受け入れられたのかもしれない。でも私には、看護師になる前にいくつかの会社で働いた経験があった。だから余計に、モヤモヤした。「おかしい」と思ってしまった。

この責任の重さで、この給料なのかと思った

正直に言う。看護師の給料は、責任に対して安すぎると思う。

薬の量をひとつ間違えれば、人の命に関わる。患者さんの小さな変化を見逃せば、取り返しのつかないことになるかもしれない。そういう緊張感の中で、勤務中ずっと気を張り続ける仕事だ。

会社員だった頃、私もミスをしたことがある。怒られたし、落ち込んだ。でも、誰かの命に関わることはなかった。やり直しがきいた。

看護師の仕事には、やり直しがきかない場面がある。その重さと、手取り21万円。どうしても釣り合っているとは思えなかった。

社会人経験があるからこそ、わかってしまうのだと思う。世の中には、もっと責任が軽くて、同じくらいもらえる仕事がある。それを知らなければ、比べることもなかった。

「この金額で、この仕事を、あと20年続けられるのか」。疲れ果てた帰り道、何度もそう思った。続けていく自信が、少しずつなくなっていった。

誤解しないでほしいのは、仕事そのものが嫌いだったわけじゃない、ということ。患者さんに「ありがとう」と言われれば嬉しいし、誰かの役に立っている実感もあった。ただ、その気持ちだけでは埋められないものがあった。

やりがいは、家賃を払ってくれない。子供の学費にもならない。「やりがいがあるんだから」という言葉で安い給料に納得させられるのは、何か違うと思ってしまった。

これは私の感覚にすぎない。給料に納得して働いている看護師さんも、もちろんいる。でも、社会人を経験してから看護師になった人の中には、同じモヤモヤを抱えている人が少なくないんじゃないかと思っている。

子供を送り出せない朝

子供が学校へ行くより早く、私は家を出なければならなかった。「いってらっしゃい」が言えない朝が続いた。

土日も仕事。夜ご飯を何時に食べさせられるかわからない日々。子供と同じ日に休めたとしても、看護師1年目は勉強しなければならない。教科書を広げながら、遊ぼうと言ってくる子供に「ちょっと待って」と言い続けた。

看護学校の3年間、子供を後回しにしてきた。「卒業したら、たくさん一緒にいよう」と自分に言い聞かせてきた。なのに、卒業してもそれができなかった。

辛かった。

退職を申し出たら、始まった数週間

退職を選んだ。でも病院は人手不足で、すんなり受け入れてもらえなかった。

そこから数週間、話し合いが続いた。奨学金を借りておきながら辞めるのか、という話。家庭との両立が難しいことくらい、入る前にある程度想像できたのではないか、という話。そういうことを、何度も言われた。恐怖で体が震えた。退職を伝えるたびに、胃が痛かった。

結局、退職できたのは申し出てからずいぶん後のことだった。

厳しかったのは上の人。現場の先輩たちは、違った

ここは、分けて書いておきたい。

厳しいことを言ってきたのは、上の立場の人たちだった。

奨学金を借りることの重みを、分かっていたのか。家庭との両立が難しいことは、入る前にある程度想像できたのではないか。言われたのは、そういうことだった。

人手が足りない、という話ではなかった。私の見通しが甘かったのではないか、という話だった。

正直、言い返せなかった。想像しきれていなかった部分は、確かにあったからだ。

でも今は、こう思っている。想像できることと、実際に耐えられるかどうかは、別のことだ。

就職する前から、大変だろうとは思っていた。それでも、実際に働いてみて初めて分かったことがある。今日が早く帰れる日かどうか、その日にならないと分からない——その意味は、入る前には分からなかった。

だから、これから辞めようとしている人に伝えたい。「想像できたはずだ」と言われても、それは辞めてはいけない理由にはならない。想像と、続けられるかどうかは、違う話だ。

そして、毎日そばで働いていた先輩たちは、まったく違った。

「もう少し続けてみたら」「慣れれば変わるから」。責めるのではなく、心配してくれる言い方だった。40代で入ってきた新人の私に、時間をかけて、丁寧に教えてくれた人たちだ。

同じ職場でも、立場が違えば、返ってくる言葉はここまで違う。

そして正直に言うと——本当につらかったのは、厳しい言葉のほうではなかった。

丁寧に教えてくれた先輩たちに向かって「辞めます」と言うこと。あの申し訳なさのほうが、ずっと重かった。(奨学金を返して辞めたときのことは、こちらに書いた

それでも、看護師免許は手放さない

病院を辞めたあと、私はデイサービスで働いた。給料は病棟より下がった。でも、子供と同じ時間に起きて、「いってらっしゃい」が言える。当時の私には、それで十分だった。

看護師という仕事は、決して楽じゃない。給料だって、世間のイメージほど高くない。でも、免許さえあれば働く場所は選べる。病棟じゃなくていい。夜勤なしでもいい。自分に合った場所を選べるのが、資格職の強みだと、今は思っている。

40代でゼロから取った免許を、私は手放すつもりはない。

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