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離婚を前提に、看護師の免許を取った。
37歳で看護学校に入学したのは、「夫と別れても、子どもを養えるように」という気持ちがあったからだ。夫婦関係がうまくいっていなかった。このまま続けていくのが正解なのか、ずっとわからなかった。
でも、お金がなかった。パートで働いてはいたけれど、子どもを抱えてひとりで生活できるほどの収入はない。「離婚したい」という気持ちと、「でも現実的に無理」という気持ちが、ずっと同居していた。
だから資格を取ることにした。まず自分で稼げるようになってから、そのあとのことを考えようと。
3年かけて看護学校を卒業して、国家試験に合格した。40歳のことだ。
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そして今、私は離婚していない。
なぜか。正直に書く。
夫の収入が、安定していたからだ。
お金の話をするのは、みっともないことじゃない
こう書くと、「結局お金の問題か」と思われるかもしれない。
でも私は、これを隠すつもりはない。
離婚を考えるとき、感情だけで動ける人は少ない。とくに子どもがいて、住む場所があって、相手が暴力をふるうわけでも借金があるわけでもない場合、「離婚すべきかどうか」の判断はとても難しい。
夫婦仲がいいとは言わない。話し合いが噛み合わないことも、すれ違いも、何度もあった。「この人と一緒にいることが、本当に正しいのか」と思ったことは、一度や二度じゃない。
それでも夫は、毎月きちんと給料を持ってきた。子どもの学費も、家のローンも、一度も滞ったことがない。
「離婚したほうがいいかもしれない」という気持ちはあった。でも「離婚しなければならない」という状況ではなかった。その差は、思っていたより大きかった。
看護師になって、変わったこと
看護師として働き始めて、気づいたことがある。
「いつでも出られる」と思ったら、少し楽になったのだ。
以前は、夫への不満がそのまま閉塞感につながっていた。逃げ場がないから、ここにいるしかない。そういう感覚だった。
でも今は違う。自分で稼げる。子どもを養える。いざとなれば、出ていける。
不思議なもので、出口が見えると、今いる場所がそこまで苦しくなくなる。
夫との関係が劇的によくなったわけじゃない。相変わらず噛み合わないこともある。でも、「ここから出られない」という焦りがなくなった分、少し冷静に向き合えるようになった気がする。
追い詰められていたのは、夫婦関係のせいだけじゃなかったのかもしれない。「逃げられない」という状況そのものが、私をしんどくさせていた部分もあったんだと思う。
これは我慢なのか、選択なのか
「経済的な理由で我慢しているだけでしょ」と言われたら、少し違う、と答えると思う。
我慢というより、「今はこれでいい」という判断に近い。
看護師の資格がある。自分で稼げる。いざとなれば出られる。その安心感の上に立って、今の生活を選んでいる。「しかたなく続けている」のではなく、「続けることを選んでいる」という感覚だ。
もちろん、夫の収入が安定しているという事実も、この判断に影響している。それは認める。でも、それだけじゃない。
「出られる状況で、あえてここにいる」のと、「出られないからここにいるしかない」のは、同じ場所にいても、全然違う。
私は今、前者だと思っている。
もし資格がなかったら、どうしていたか
もし看護師になっていなかったら、と考えることがある。
たぶん、今もずっとこの気持ちを飲み込みながら生活していたと思う。「離婚したい」という気持ちと「でもできない」という現実の間で、ただ時間だけが過ぎていく。そういう状態だったんじゃないかと。
資格を取ったことで、「選べる自分」になった。離婚するという選択も、しないという選択も、どちらも自分の意志で選べるようになった。
それは、すごく大きなことだったと思う。
今離婚していないのは、「夫婦関係が完璧だから」じゃない。「安定した収入があるから」という現実もある。でも同時に、「出ようと思えば出られる」という土台の上で、今の生活を選んでいる。
それが私の今の正直なところだ。
同じ気持ちの人へ
「離婚したいけど、お金が心配で動けない」という人は多いと思う。私もそうだった。
その状況で「まず気持ちが大事」とか「愛があれば乗り越えられる」という言葉は、あまり役に立たない。現実問題として、生活費がなければ動けない。子どもを抱えていれば、なおさら。
だから私は、まず経済的な自立を目指すことにした。「離婚するため」に資格を取ったつもりだったけれど、結果として「どちらでも選べる自分」を作ることができた。
離婚しなかったことが正解かどうか、まだわからない。これから先、どうなるかもわからない。
でも少なくとも今は、「自分で選んでいる」と思える。
それが、私にとっての答えだ。


