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看護学校に行くと決めたとき、家族は反対しませんでした。「看護学校と家族の両立は大変」とよく言われますが、私の場合、まわりはむしろ応援してくれました。それでも、3年間で手放したものはあります。そして、これだけは守ろうと決めたものも。
看護学校に、家族は反対しなかった
「40代で看護学校なんて、家族に反対されませんでしたか」。そう聞かれることがあります。でも、うちは違いました。
夫は、特に何も言いませんでした。賛成も反対もなし。親は応援してくれて、兄弟たちも賛成でした。
そして口をそろえて言われたのが、「子育てと家事と学業を全部ひとりで抱えるのは大変だから、頼れるところは頼りなさい」ということ。まず、私の体を心配してくれました。
反対されるより、心配された。それが正直、ありがたかったです。
反対されなかった。でも、本当の理由は言っていない
ただ、ここは正直に書いておきたいことがあります。
私は、看護師になりたい本当の理由を、家族に話していません。
学校の志望理由書には「訪問看護師に憧れて」と書きました。でも本当は違います。一人ででも子どもを育てていける力が欲しかった。それだけでした。
親には、今も言っていません。うちの親は、離婚という言葉を絶対に受け入れない人たちです。話しても、心配させるだけで終わる。だから言っていません。
夫には、あとから伝えました。学校に入る前ではなく、時間が経ってからです。
兄弟は、たぶん察していたと思います。何も聞かれませんでしたし、私も言いませんでした。
つまり、応援してくれた人たちは、私が何のために資格を取ろうとしているのかを知らないまま、応援してくれていたということになります。
後ろめたさが、なかったとは言いません。でも、言えなかったものは言えなかった。
だからもし、家族に本当の理由を言えないまま進もうとしている人がいたら、言えないままでも進んでいいと思います。全部を打ち明けることだけが、誠実さではありません。
「頼りなさい」と言われた。実際に頼れたのは、母だけだった
家族は口をそろえて「頼れるところは頼りなさい」と言ってくれました。ありがたい言葉です。
そして実際に、いちばん助けてくれたのは母でした。
実習の期間、母は住み込みで家に来て、家事をしてくれました。毎日ご飯を作ってくれて、洗濯物もたまらない。私は帰ってすぐ記録に取りかかれました。
実習で朝早く家を出なければいけない日は、子どもの送り出しも母に頼みました。これがなければ、実習は乗り切れなかったと思います。(実習と子育てをどう回していたかは、こちらに詳しく書きました)
ただ、正直に書いておきます。
頼れたのは、母だけでした。
夫に家のことを頼むことは、できませんでした。反対されたわけでも、けんかをしたわけでもありません。ただ、そういう関係ではなかった、というだけです。
だから「家族が支えてくれた」と書くとき、私が思い浮かべているのは、実際にはほとんど母のことです。
これから通う人に伝えるとしたら、こうです。頼れる人が家族に何人もいる必要はありません。ひとりいれば、回ります。そして、そのひとりが誰なのかは、たいてい最初から決まっています。全員に均等に期待するより、その人に早めに相談したほうが、話が進みます。
手放したもの——地元の友人と過ごす時間
とはいえ、3年間まるごと今までどおり、とはいきませんでした。手放したものがあります。一番は、人付き合いです。
私は昔から、年末年始やお盆になると地元に帰って、友人に会うのが習慣でした。それが毎年の楽しみでした。
でも学生の間は、それをやめました。長い休みは、子供と夫だけを地元に帰して、私は家に残ったんです。
ひとりになった家で、ひたすら勉強しました。まとまった時間が取れるのは、実はこういう時期しかありませんでした。寂しくなかったと言えば嘘になります。でも、3年だけと割り切りました。
それでも守ったもの——長期休暇の家族旅行
逆に、これだけは手放さないと決めていたものがあります。長期休暇の、家族旅行です。
学校が長い休みに入ると、私自身も少し時間に余裕ができます。夏休みの課題はどっさり出るのですが、それでも実習が続く時期に比べれば、ずっとましでした。
その時間を、子供のことだけを考える時間にしました。家族で出かけて、勉強のことはいったん忘れる。ふだん、母親らしいことをあまりしてあげられていない負い目があったので、ここだけは絶対に譲りたくありませんでした。
看護学校と家族の両立で、私が決めたこと
看護学校と家族。両方を完璧にこなすのは、正直、無理でした。
だから、手放すものと守るものを、自分で決めました。友人と会う時間はいったん手放す。その代わり、子供との旅行は守る。全部を抱えようとしたら、たぶん潰れていたと思います。
家族が反対せずに支えてくれたぶん、私も、大事なところだけは家族に返したかった。そういう3年間でした。
もし今、家族がいながら看護学校を迷っている人がいたら——全部は守れないけれど、「これだけは」というものを1つ決めておくといい、と伝えたいです。
🗺 家族がいながら看護学校に通う。迷ったときに読む記事
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