看護学校と家族。反対されなかった私が、手放したものと守ったもの。

看護学校と家族。反対されなかった私が手放したものと守ったもの

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看護学校に行くと決めたとき、家族は反対しませんでした。「看護学校と家族の両立は大変」とよく言われますが、私の場合、まわりはむしろ応援してくれました。それでも、3年間で手放したものはあります。そして、これだけは守ろうと決めたものも。

看護学校に、家族は反対しなかった

「40代で看護学校なんて、家族に反対されませんでしたか」。そう聞かれることがあります。でも、うちは違いました。

夫は、特に何も言いませんでした。賛成も反対もなし。親は応援してくれて、兄弟たちも賛成でした。

そして口をそろえて言われたのが、「子育てと家事と学業を全部ひとりで抱えるのは大変だから、頼れるところは頼りなさい」ということ。まず、私の体を心配してくれました。

反対されるより、心配された。それが正直、ありがたかったです。

手放したもの——地元の友人と過ごす時間

とはいえ、3年間まるごと今までどおり、とはいきませんでした。手放したものがあります。一番は、人付き合いです。

私は昔から、年末年始やお盆になると地元に帰って、友人に会うのが習慣でした。それが毎年の楽しみでした。

でも学生の間は、それをやめました。長い休みは、子供と夫だけを地元に帰して、私は家に残ったんです。

ひとりになった家で、ひたすら勉強しました。まとまった時間が取れるのは、実はこういう時期しかありませんでした。寂しくなかったと言えば嘘になります。でも、3年だけと割り切りました。

それでも守ったもの——長期休暇の家族旅行

逆に、これだけは手放さないと決めていたものがあります。長期休暇の、家族旅行です。

学校が長い休みに入ると、私自身も少し時間に余裕ができます。夏休みの課題はどっさり出るのですが、それでも実習が続く時期に比べれば、ずっとましでした。

その時間を、子供のことだけを考える時間にしました。家族で出かけて、勉強のことはいったん忘れる。ふだん、母親らしいことをあまりしてあげられていない負い目があったので、ここだけは絶対に譲りたくありませんでした。

看護学校と家族の両立で、私が決めたこと

看護学校と家族。両方を完璧にこなすのは、正直、無理でした。

だから、手放すものと守るものを、自分で決めました。友人と会う時間はいったん手放す。その代わり、子供との旅行は守る。全部を抱えようとしたら、たぶん潰れていたと思います。

家族が反対せずに支えてくれたぶん、私も、大事なところだけは家族に返したかった。そういう3年間でした。

もし今、家族がいながら看護学校を迷っている人がいたら——全部は守れないけれど、「これだけは」というものを1つ決めておくといい、と伝えたいです。

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