40代の新人看護師だった私に、先輩がくれた一言。ずっと頭に残っている。

先輩看護師から言われた一言が、ずっと頭に残っている。

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40代の新人看護師だったころ、先輩から言われた一言がある。
厳しい言葉じゃない。でもずっと頭に残っている。
同じように40代から看護師になった、4年目の先輩の言葉だった。

新人時代は毎日必死だった

40歳で看護師になった私は、職場では完全に新人だった。年齢は上でも、仕事の経験はゼロ。周りは自分より若い先輩ばかり。最初はそのギャップに戸惑いもあった。

覚えることが多すぎて、毎日クタクタだった。家に帰ると何もできないくらい疲れていた。「自分はこの仕事に向いているのか」と思う日も正直あった。

先輩から言われた一言

ある日、4年目の先輩がさらっと言ってくれた。「同じこと、何回でも聞いていいよ」と。

その先輩も40代から看護師になった人だった。だからこそ、新人の気持ちがわかってくれていたのかもしれない。その言葉が、ずっと頭に残っている。

その言葉が今の自分をつくった

「また同じことを聞いてしまう」という遠慮が、あの一言で消えた。わからないことを素直に聞けるようになった。確認を怠らない。一つひとつ丁寧にやる。そういう姿勢が少しずつ身についていったのは、あの言葉があったからだと思う。

40代から同じスタートを切った先輩が、同じ目線で声をかけてくれた。それだけで、どれだけ救われたかわからない。

「患者への言葉掛けがいい」と言われた日

その先輩には、もうひとつ言われたことがある。

「患者への言葉掛けがいい」

技術のことではなかった。処置が早いとか、手際がいいとか、そういう話ではない。患者さんへの声のかけ方を褒められた。

これが、素直にうれしかった。

謙遜したり、社交辞令かなと疑ったりする気持ちは、そのときはなかったと思う。うれしかった理由は、はっきりしている。

新人の私にも、できることがあるのだと分かったからだ。

あのころの私は、覚えることばかりだった。技術は追いつかない。手順も頭に入らない。若い同期のほうが早い。できないことの数を、毎日確認しているような状態だった。

そこに「言葉掛けがいい」と言われた。できないことの山の中に、ひとつだけ、もうできていることがあった。それが分かっただけで、ずいぶん違った。

もうひとつ、先輩は「指摘したところは直す」とも言ってくれた。これも技術の話ではない。言われたことを素直に直す、というだけのことだ。

でも、そう言ってもらえたから、聞くことも、直すことも、恥ずかしくなくなった。

自分では気づかない強みは、人が教えてくれる

患者さんへの言葉のかけ方を、自分で「これは強みだ」と思ったことは一度もなかった。当たり前にやっていたからだ。

自分の強みは、自分ではわかりにくい。当たり前にやっていることほど、価値に見えない。

だから、人に言ってもらうしかないのだと思う。私は、先輩に言ってもらえた。

もし今、新人で「自分にできることが何もない」と感じている人がいたら、ひとつだけ言いたい。できていないことは自分で全部数えられるのに、できていることは自分では数えられない。そこは、周りの人のほうがよく見えている。

ずっと頭に残る言葉の力

言葉って、不思議だ。何年も前に言われた一言が、今も頭に残っている。残る言葉と残らない言葉の違いは何なのか、よくわからない。でもあの先輩の言葉は、残った。私も、誰かにとってそういう言葉を言える人になりたいと思う。後輩や利用者さんに、その人が気づいていない良さを伝えられる人に。自分がしてもらったことを、誰かに返していきたい。

あの一言が、いま「話しやすい」に変わっている

この記事を書いてからしばらく経って、気づいたことがあります。

あのとき先輩が言ってくれた「患者への言葉掛けがいい」は、その場のなぐさめではなかったということです。

いま私は、利用者さんから「話しやすい」と言ってもらえることがあります。そして、困ったことがあると相談してもらえます。処置が早くなったとか、知識が増えたとかではありません。話しかけやすい人だと思ってもらえている、ということです。

もうひとつ、思い当たることがあります。私は看護学校に入る前、営業職として働いていました。医療とはまったく関係のない仕事です。技術の面では、何ひとつ役に立ちませんでした。

でも、人と話すことには慣れていました。初めて会う人に、どう声をかけるか。相手が話しやすいように、どう間を置くか。そういうことは、20年近く仕事として繰り返してきたことでした。

つまり、先輩が見つけてくれたのは「看護師として新しく身につけたもの」ではなく、「私がもう持っていたもの」だったのだと思います。

40代で新しい仕事に入る人に、これは伝えたいことです。前の仕事は、丸ごと無駄にはなりません。技術としては残らなくても、人との接し方は残ります。そして現場では、それがちゃんと仕事の力になります。

できないことばかり数えていた時期に、私はこのことに気づけませんでした。だから、人に言われた言葉は、覚えておいたほうがいいと思っています。意味が分かるのは、ずいぶん後になることがあります。

このあたりの話は、三連休明けの仕事はしんどい。でも続けている。医療・介護の経験ゼロで看護学校に入った私が、今思う「やっておけばよかったこと」にも書いています。

「観察が大切」を知ったのは、学校だった

ここは、正直に書いておきたい。

今の私は、観察を仕事の中心に置いている。でもそのきっかけは、先輩の言葉ではない。学校で「観察が大切だ」と教わったからだ。

入学してすぐに教わって、実習でも繰り返し言われた。看護は観察から始まる、と。(この話はこちらにも書いた

デイサービスでは、毎日同じ方が来てくださる。だからこそ、「いつもの状態」がわかる。「今日はなんか元気ないな」「顔色が違う」という感覚が、少しずつ精度を増してきた。その感覚が、早期対応につながることがある。観察は、ケアの入口だと思っている。

学校で教わったことと、先輩がくれた言葉。どちらも今の仕事に残っている。教わったことは技術として残り、言葉のほうは、続ける力として残った。

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