自分への投資。看護師になること自体がそうだったのかもしれない。

自分への投資。看護師になること自体がそうだったのかもしれない。

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「自分への投資」という言葉を、最近よく考える。
看護師になるために費やした時間とお金。あれが投資だったとしたら、今はリターンが返ってきている段階だ。
なりたくてなったわけじゃなくても、やったことは全部、自分の中に残っている。

投資という視点で振り返ると

看護師になるために費やした時間とお金は、決して少なくなかった。学費、交通費、テキスト代。収入が減った分の生活費も含めたら、かなりの額になる。

でも今、それが「リターン」として返ってきていると感じる。給料として、安定として、自立として。数字には表れない自信も含めて。

生き延びるために動いたことが、自分を育てた

最初は「生き延びるため」だった。きれいな動機なんてなかった。

でもただ生き延びるために動いたことが、結果的に自分を育てていた。きれいごとじゃなく、そう思える。

やったことは全部、自分の中に残っている

なりたくてなったわけじゃなくても、3年間本気でやった。その事実は変わらない。

やったことは全部、自分の中に残っている。それが今、一番の財産だと思っている。

動機がきれいじゃなくても、全力でやれば本物になる。
あなたが積み上げてきたものは、ちゃんと資産になっていますよ。
自分を信じてください。

投資した金額は、はっきりしている。275万円だった

「かなりの額になる」と書きましたが、ぼかさずに数字で書きます。

授業料が3年で約240万円。教科書と実習の道具で約20万円。学校の諸経費が年5万円ほどで3年分。合計すると約275万円です。

このうち、専門実践教育訓練給付金で戻ってきたのが約170万円(授業料の約7割)。差額の約100万円は、生活費として毎月入っていた教育訓練支援給付金(私の場合は月13万円前後)の中から少しずつ埋めました。結果として、入学から卒業まで貯金は減っていません。

ただし、ここは正確に書いておきます。学費は先払いで、給付金は後から戻ってきます。だから「制度があるから大丈夫」ではなく、いったん立て替えられるお金が手元に必要です。私はそれを貯金から借りる形で払い、戻ってきた分を貯金に返しました。タダになるのではなく、7割が後から戻る、というのが実際のところです。

※制度の中身は当時のものです。金額も人によって違うので、最新の条件はハローワークで確認してください。

お金としては、まだ回収できていない

では、その275万円は給料で取り戻せたのか。正直に言うと、金額としては、まだ回収できたとは思っていません。

それでも私は、あの投資は回収できたと思っています。回収できたのは、気持ちのほうです。

「いざとなれば、一人でも生きていける」。その安心が手元にあること。私は、それがあの金額の価値だと思っています。

これは強がりではありません。資格を取る前の私は、この先どうなるんだろうという不安を、ずっと抱えたまま暮らしていました。今はそれがありません。同じ生活をしていても、心の置きどころが違います。275万円で買ったのは、給料ではなく、その状態でした。

だから、これから資格を目指す人には、こう伝えたいです。回収を給料だけで計算すると、たぶん足りません。そこに「不安が減ること」を入れて計算してください。私にとっては、そちらのほうが大きかったです。

両親の介護への不安が、少し軽くなった

もうひとつ、思ってもみなかった形で返ってきたものがあります。

これから訪れるであろう両親の介護に対する不安が、少し軽くなりました。

看護を勉強する前は、親に何かあったらどうしようという不安が、形のないまま頭の中にありました。何が起きるのか、そのとき何をすればいいのか、まったく分からなかったからです。

今は、全部が分かるわけではありませんが、何が起きうるのかは想像できます。どこに相談すればいいのか、どんな順番で話が進むのかも、だいたい見当がつきます。それだけで、不安の大きさがずいぶん変わりました。

介護はまだ始まっていません。始まれば、知識があってもしんどいはずです。それでも、始まる前に少しだけ準備ができている状態になったこと自体が、私にとってはリターンでした。

資格の価値は、仕事の場面だけで出てくるものではありませんでした。これから起きることへの不安が減る、という形でも返ってきます。40代で資格を取るかどうか迷っている人には、この部分も計算に入れてほしいと思います。

見えない投資の価値

株や不動産への投資は、数字で見える。でも自分への投資は、数字になりにくい。看護師免許を取ったリターンは給与だけで計算できるものじゃない。自信がついた。仕事ができるという手応えがある。「ひとりでも生きていける」という根拠ができた。精神的な余裕が、生活のあらゆる場面に影響している。

「自分への投資」は後回しにされがちだから

主婦をしていると、自分よりも家族のことを優先する。でも、自分が枯れていたら家族にも何も与えられない。看護学校に行くことを決めたとき、夫に「自分のために行きたい」と言えなかった。「家族のために、将来のために」という言い方をした。でも本当は、自分のためでもあった。その「自分のため」を認めていいんだと、今は思っている。

投資した自分が、今の自分を支えている

あの3年間があったから、今の仕事がある。「いざとなればひとりで生きていける」という感覚がある。お金の投資と違うのは、失われないことだ。免許は残る。経験は残る。学んだことは消えない。株が暴落しても、看護師免許は消えない。自分への投資は最も安定したものかもしれない、と思っている。

「自分のために」を認める

看護師になったことを「家族のため」と言い続けてきたけど、正直に言うと「自分のため」でもあった。ひとりで生きていける力が欲しかった。誰かに依存しない自分になりたかった。それは家族のためだけじゃなく、自分のためだ。

その「自分のため」を認めることが、以前は難しかった。わがままに聞こえる気がしていた。でも今は違う。自分のために動いたことが、結果として家族を安定させた。自分が充実しているから、子供に余裕を持って接せられる。「自分のため」は「みんなのため」につながることがある。

自分への投資は、利己的じゃない。自分をちゃんと機能させるための、必要なメンテナンスだ。車のオイル交換と同じで、自分を整えないと、長く走れない。そう思うようになってから、罪悪感なく自分のために時間とお金を使えるようになってきた。

自分への投資を続けていくことが、今の目標だ。資格だけじゃなく、健康への投資、経験への投資、知識への投資。看護師免許という最初の大きな投資をしたことで、次の投資が見えてきた。自分という器を、少しずつ大きくしていきたい。それが、今の私の生き方だ。

自分への投資という言葉は、以前は少しうさんくさく聞こえていた。でも看護師になる過程で、時間もお金も体力も全部注ぎ込んで初めて、その言葉の意味がわかった気がする。投資は必ず回収できるわけではないが、自分自身に使ったものは誰にも奪われない。スキルも経験も、体の中に残り続ける。あの3年間は、間違いなく私にとっての最大の投資だった。

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