自分への投資。看護師になること自体がそうだったのかもしれない。

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「自分への投資」という言葉を、最近よく考える。
看護師になるために費やした時間とお金。あれが投資だったとしたら、今はリターンが返ってきている段階だ。
なりたくてなったわけじゃなくても、やったことは全部、自分の中に残っている。

投資という視点で振り返ると

看護師になるために費やした時間とお金は、決して少なくなかった。学費、交通費、テキスト代。収入が減った分の生活費も含めたら、かなりの額になる。

でも今、それが「リターン」として返ってきていると感じる。給料として、安定として、自立として。数字には表れない自信も含めて。

生き延びるために動いたことが、自分を育てた

最初は「生き延びるため」だった。きれいな動機なんてなかった。

でもただ生き延びるために動いたことが、結果的に自分を育てていた。きれいごとじゃなく、そう思える。

やったことは全部、自分の中に残っている

なりたくてなったわけじゃなくても、3年間本気でやった。その事実は変わらない。

やったことは全部、自分の中に残っている。それが今、一番の財産だと思っている。

動機がきれいじゃなくても、全力でやれば本物になる。
あなたが積み上げてきたものは、ちゃんと資産になっていますよ。
自分を信じてください。

見えない投資の価値

株や不動産への投資は、数字で見える。でも自分への投資は、数字になりにくい。看護師免許を取ったリターンは給与だけで計算できるものじゃない。自信がついた。仕事ができるという手応えがある。「ひとりでも生きていける」という根拠ができた。精神的な余裕が、生活のあらゆる場面に影響している。

「自分への投資」は後回しにされがちだから

主婦をしていると、自分よりも家族のことを優先する。でも、自分が枯れていたら家族にも何も与えられない。看護学校に行くことを決めたとき、夫に「自分のために行きたい」と言えなかった。「家族のために、将来のために」という言い方をした。でも本当は、自分のためでもあった。その「自分のため」を認めていいんだと、今は思っている。

投資した自分が、今の自分を支えている

あの3年間があったから、今の仕事がある。「いざとなればひとりで生きていける」という感覚がある。お金の投資と違うのは、失われないことだ。免許は残る。経験は残る。学んだことは消えない。株が暴落しても、看護師免許は消えない。自分への投資は最も安定したものかもしれない、と思っている。

「自分のために」を認める

看護師になったことを「家族のため」と言い続けてきたけど、正直に言うと「自分のため」でもあった。ひとりで生きていける力が欲しかった。誰かに依存しない自分になりたかった。それは家族のためだけじゃなく、自分のためだ。

その「自分のため」を認めることが、以前は難しかった。わがままに聞こえる気がしていた。でも今は違う。自分のために動いたことが、結果として家族を安定させた。自分が充実しているから、子供に余裕を持って接せられる。「自分のため」は「みんなのため」につながることがある。

自分への投資は、利己的じゃない。自分をちゃんと機能させるための、必要なメンテナンスだ。車のオイル交換と同じで、自分を整えないと、長く走れない。そう思うようになってから、罪悪感なく自分のために時間とお金を使えるようになってきた。

自分への投資を続けていくことが、今の目標だ。資格だけじゃなく、健康への投資、経験への投資、知識への投資。看護師免許という最初の大きな投資をしたことで、次の投資が見えてきた。自分という器を、少しずつ大きくしていきたい。それが、今の私の生き方だ。

自分への投資という言葉は、以前は少しうさんくさく聞こえていた。でも看護師になる過程で、時間もお金も体力も全部注ぎ込んで初めて、その言葉の意味がわかった気がする。投資は必ず回収できるわけではないが、自分自身に使ったものは誰にも奪われない。スキルも経験も、体の中に残り続ける。あの3年間は、間違いなく私にとっての最大の投資だった。

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