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離婚しなかった本当の理由を、今日は最後まで書こうと思う。
これまでも、離婚しなかった理由は書いてきた。夫の収入が安定していたから。「ひとりでも生きていける」と思えたら、夫の見え方が変わったから。どちらも、本当のことだ。
でも、まだ書いていない本音が残っている。書いたら嫌われるかもしれない、と思って出せなかった部分。今日はそれを、きれいごとなしで書く。
私はいま、夫の収入の上で暮らしている
離婚に備えて、37歳から看護学校に通い、40歳で看護師免許を取った。「夫と別れても、子供を養えるように」。それだけを考えて、3年間頑張った。
その私が、いま何をしているか。
病棟をわずか2ヶ月で辞めて、デイサービスで働いている。収入は病棟時代より低い。フルタイムで働けば自立できる計算だったのに、仕事をセーブして、子供との時間と、このブログを書く時間にあてている。
その生活が成り立っているのは、夫の収入が安定しているからだ。
病棟で働いた2ヶ月で、フルタイム看護師とワンオペ育児の両立がどれほど過酷かは、身をもって知った。あの働き方をしながら、家のこともすべてひとりで回す——それが「離婚後の私」の毎日になる。想像したら、正直、足がすくんだ。
「自立するために資格を取った人」が、結局、夫の収入の上で暮らしている。矛盾していると、自分でも思う。でもこれが、私の現在地だ。
「自分のためだけに生きたい」という本音
もうひとつ、ずっと書けなかったことがある。
子供たちが大きくなったら、自分のためだけに生きてみたい。私の中には、その気持ちがずっとある。
母として、妻として、ではなく。ただの私として、好きな場所で、好きなように暮らす時間。人生の後半に、それがほしい。
誤解しないでほしいのは、家族が嫌いなわけではない、ということ。子供たちは何より大事だし、夫に感謝していることもたくさんある。ただ、それとは別の場所で、「私の人生」への気持ちが消えてくれない。
これを口に出すのは怖かった。母親なのに、と言われそうで。でも、この気持ちを抱えているのは、たぶん私だけじゃない。家族を大事にしながら、心のどこかで「いつか自分の人生を生きたい」と思っている人は、きっとたくさんいる。
その「いつか」が来たとき、離婚という形を選ぶのかどうかは、まだわからない。わからないまま、持っている。
離婚しなかった本当の理由は、「今は決めない」を選んだから
看護師免許を取って、「いつでも出られる」ようにはなった。でも、「出られる」と「出る」は違う。
免許を取る前の私は、「離婚するか、我慢するか」の二択で毎晩苦しんでいた。どちらを選んでも失うものが大きくて、決められない自分を責めていた。
今の私は、「今は決めない」を選んでいる。
逃げに聞こえるかもしれない。でも、自分で選んだ保留は、逃げとは違うと思う。子供が巣立つ日、私はたぶん、人生でいちばん身軽になる。その日の自分に「どうしたい?」と聞いて、どちらの答えでも選べるように、いまは準備をしている。
決めないでいる間に、夫婦の関係が少しずつ変わってきたのも事実だ。「出られないから、いる」のと、「いてもいいから、いる」のとでは、相手への態度が変わる。皮肉なことに、離婚の準備が整うほど、夫婦喧嘩は減った。
離婚しなかった本当の理由は、これだと思う。決められない弱さのまま留まったのではなく、「決める日を自分で選べる強さ」を、やっと手に入れたから。
ブログは、その準備のひとつ
このブログも、その準備の一部だ。
看護師は体が資本の仕事だ。50代、60代になってもフルタイムで働き続けられるかというと、正直、自信がない。
だから、体を使わずに、自分の力で稼げるものをもうひとつ作りたい。それが育てば、「夫の収入があるから、いる」は、ほんとうの意味で「自分で選んで、いる」に変わる。
収益は、まだほとんどない。それでも記事は50本を超えた。何年かかるかわからないけれど、子育てしながら看護学校に通った3年間に比べたら、たぶん、なんてことはない。
離婚する・しないの二択から、降りていい
最後に、いま離婚を考えている人へ。
「離婚するか、しないか」の二択で考えると、本当に苦しい。私もそうだった。
でも、三つめの道があった。「選べる自分を作りながら、今は決めない」という道だ。
資格でも、仕事でも、貯金でも、副業でも、何でもいい。「いつでも選べる自分」に一歩近づくたびに、不思議と心は軽くなる。決めなくていい。責めなくていい。準備だけ、始めればいい。
私はそうやって、今日もここにいる。夫の収入の上で、自分の足場を作りながら。それでいいと、いまは思っている。
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