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「離婚しても生きていける自分になろう」と決めた日がある。
その日から、私の人生が動き始めた。
看護師免許を取ろうと決めた、あの日のこと。
夫婦関係がうまくいっていなかった
当時、夫婦の間には距離があった。会話は少なく、一緒にいても心がすれ違っている感覚があった。「このまま離婚になるかもしれない」という考えが、頭から離れなかった。
子供がいる。離婚したとして、この子を一人で育てていけるか。パートの収入では心もとない。そう考えたとき、「手に職をつけなければ」という気持ちが強くなった。
なぜ看護師だったのか
いくつかの選択肢を考えた。でも、子育てをしながら取れる資格で、取得後に安定した収入が見込める仕事となると、選択肢は限られてくる。
看護師は需要が高い。どこに住んでいても働ける。夜勤があるので収入も上がる。「自立するための手段」として、看護師免許が一番合っていると判断した。
決めた日のこと
ある夜、子供が寝た後に一人でいろいろ調べていた。看護学校の入試要件、学費、卒業後の就職率。調べれば調べるほど、「できなくはない」という感覚になっていった。
「やってみよう」と決めたのは、そのときだ。大げさなことは何もない。静かな夜に、静かに決めた。でもあの夜の決断が、今の私につながっている。
「自立したい」と思ったことはありますか?
その気持ちは、行動のエネルギーになります。
何かを決めるのに、遅すぎることはありません。
「看護師なら食っていける」という言葉の重み
「看護師なら食っていける」という言葉が、頭の片隅に残っていた。ひとりで子供を育てることになるかもしれない。そのためにスキルが必要だと思った。介護士や保育士も考えた。でも「看護師の方が収入が安定している」と調べてわかった。現実的に計算した。子供ふたりを育てながら、ひとりで生きていくなら、収入の安定が最優先だと思った。感情より先に、計算をしていた。
最初の動機は、自立のためだった
看護師になりたかったわけじゃない。必要だったから目指した。患者さんを助けたい、医療に貢献したい、そういう崇高な動機じゃなかった。「自分が生き残るために」という動機だった。でもそれで悪いとは思っていない。生きるための選択として、看護師を選んだ。その動機があったから、しんどい3年間を乗り越えられた気もする。「使命感」より「必要性」の方が、時に強い原動力になる。
結果的に、今の仕事に意味を感じている
自立のために始めた看護師の仕事が、今は少し違う意味を持つようになっている。利用者さんが「来てくれてよかった」と言ってくれる。状態の変化に気づいて、早めに対応できたとき、やりがいを感じる。最初の動機とは関係なく、今の仕事に意味が生まれてきた。きれいな話にしたくないから正直に言うと、今でも「自立のため」という気持ちは残っている。でもその根っこの上に、少しずつ「仕事が好き」という気持ちが育ってきた。
自立した先に、見えてきたもの
看護師免許を取って、実際に働き始めて、「自立した」と感じた瞬間があった。初めての給与明細を見たときだ。自分の名前が書かれた給与が、自分の口座に入ってきた。専業主婦だった頃、自分のお金というものがなかった。夫の収入の中から使わせてもらっていた。その感覚との違いが、給与明細一枚で実感できた。
自立することで、夫との関係も変わった。対等になった感覚があった。経済的に依存していた頃は、どこかで言いたいことを飲み込んでいた。「養ってもらっているから」という気持ちが、いつもどこかにあった。でも自分で稼げるようになったとき、その感覚がなくなった。
離婚するために看護師免許を取ったけど、結果的に離婚しなかった。でも免許を取ったことに後悔はない。自立した先に、夫婦関係の変化があった。予想していなかったことだけど、結果的によかったと思っている。自立することは、誰かから離れるためだけじゃない。誰かと対等に向き合うためでもある。
自立した先に見えてきたものは、自由だった。経済的な自立が、精神的な自由をくれた。離婚するために始めた道が、結果的に豊かな人生につながった。人生は、動いてみないとわからない。あのとき動いた自分に、今は感謝している。
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