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一人でお酒を飲みながら、ふと思った。
ここまでよく来たな、と。
特別な夜じゃない。でもそういう夜が、たまにある。
振り返ることのできる夜
子供が寝て、家が静かになった夜。お酒を一杯飲みながら、ぼんやりと過去を振り返ることがある。
夫婦関係がうまくいっていなかった頃。離婚を考えながら、看護学校の資料を集めていた頃。37歳で入学して、毎日必死だった頃。あの時期の自分と、今の自分は、同じ人間だとは思えないくらい遠くに来た気がする。
「よく来たな」という感覚
「頑張った」という感覚とは少し違う。自分を褒めたいわけじゃない。ただ、「あの状況から、ここまで来たんだな」という、静かな驚きがある。
看護師免許を持っている。仕事がある。子供は元気だ。夫も回復した。当たり前に見えて、当たり前じゃなかったものが、今ここにある。
これからのこと
ここまで来たから、これからも大丈夫だとは限らない。でも、乗り越えてきた経験が自信になっている部分はある。
お酒を飲みながらそんなことを考えた夜。明日もまた仕事に行く。それだけでいい。
「ここまでよく来たな」と思える瞬間、あなたにはありますか?
振り返ることで、自分の歩んできた道が見えてきます。
普通じゃない道を歩んできた、という実感
37歳で看護学校に入ることを決めたとき、周りにそういう人はほとんどいなかった。必死すぎて、自分がどんな道を歩いているか、俯瞰して見る余裕がなかった。お酒を飲みながら、あの頃のことを振り返ると、「よく諦めなかったな」と思う。子供を育てながら、夫の単身赴任中に、ワンオペで受験勉強して、看護学校に通って、国家試験に合格した。並べてみるとけっこうやっている。
疲れた夜こそ、ここまで来たことを思い出す
仕事で疲れた日は、自己嫌悪になりやすい。「もっとうまくできたはず」と考えてしまう。でもふと「ここまでよく来たな」と思えた。自己批判の夜に、ふっと出てきた言葉だった。自分を褒めたいとか、そういうことじゃなく、ただ事実として「来たな」と思った。それだけで、少し肩の力が抜けた。
お酒は、自分と話す時間だった
ひとりでお酒を飲む時間が、私には必要だ。誰かと話すわけじゃないけど、静かに自分の中を整理できる。今日何があって、どう感じて、自分はどうしたいのか。それを、ぼんやりと考えられる。毎日飲むわけじゃない。でも「ちょっと自分と話したい」という夜に、お酒が一杯あるといい。疲れた普通の夜に、「ここまでよく来たな」とひとり思える時間が、私には宝物だ。
自分をねぎらうことを覚えた
お酒を飲みながら「ここまでよく来たな」と思えた夜から、少し変わった。自分をねぎらうことを、意識的にするようになった。それまでは「まだ足りない」「もっとできたはず」という目線で自分を見ていた。達成したことより、できていないことに目が向いていた。
でも「ここまでよく来たな」と思えた瞬間、過去の自分がちゃんと頑張っていたと認めることができた。看護学校の3年間、子育てしながら、ワンオペで、諦めなかった自分を。その自分を認めることで、今の自分が少し楽になった。
誰かに褒めてもらうことを待たなくていい。自分で自分を認めることができる。それが、あの夜の一番の気づきだったかもしれない。これからも、疲れた夜にお酒を飲みながら、「ここまでよく来たな」と思える夜を積み重ねていきたい。
「ここまでよく来たな」と思える夜を、これからも大切にしたい。自己批判だけの夜じゃなく、自分をねぎらえる夜も持てるように。疲れた日ほど、自分に優しくする必要がある。それが次の日も続けるための燃料になる。
お酒を飲みながら一人で「ここまでよく来たな」と思えるようになった私は、あの頃より少し強くなった気がする。誰かに認めてもらうのを待たなくていい。自分で自分の頑張りを認められる。それが、一番の自立だと思っている。
自分をねぎらえるようになったことが、ここ数年の一番の変化かもしれない。ここまでよく来た。次もきっと来られる。そう思いながら、また明日も続けていく。
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