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仕事をしながら、家事も育児もワンオペで、看護学校受験の勉強をした。
36歳のときのことだ。
「そんなの無理でしょ」と言われたことがある。そうかもしれないと思いながら、やった。
当時の状況
フルタイムで働いていた。子育てと家事はほぼ一人でこなしていた。夫がいないわけではないが、頼れる状況ではなかった。
子供はまだ小さかった。手がかかる時期だった。
それでも動いた。動かなければ、何も変わらないと思ったから。
勉強したのは数学と国語だけ
看護学校の入試科目は学校によって違う。私が受けたところは数学と国語だった。英語はなかった。
だから英語は一切やらなかった。やらなくていいことをやらない。それだけで勉強の負担がずいぶん減った。
受験する学校を絞って、その学校の入試科目だけに集中する。社会人受験はそれでいいと思う。
勉強できる時間は限られていた
平日は仕事から帰ってきてからだった。子供を寝かしつけて、ようやく机に向かう。時間にして1〜2時間あればいいほうだ。
休日は勉強に充てた。遊びに行く余裕はなかった。罪悪感もあった。でも、これが今できる精一杯だと思って続けた。
完璧にやろうとしなかった。できる日にできるだけ、それだけを繰り返した。
合格したとき、泣かなかった
合格通知が来たとき、泣くと思っていた。でも泣かなかった。
「そうか、受かったか」と思った。それだけだった。
今思えば、合格よりも「ここまでやれた」という事実のほうが大きかったのかもしれない。結果が出る前から、もう十分やりきっていたのだと思う。
無理かどうかは、やってみないとわからない
フルタイムで働きながら、ワンオペで育児しながら、看護学校に合格できた。
時間がないのは本当だった。しんどいのも本当だった。
でも「無理」ではなかった。
同じ状況で迷っている人がいたら、伝えたい。完璧な環境が整うのを待っていたら、いつまでも動けない。今の状況のまま、できる範囲でやっていくしかない。それで十分だと思う。
ワンオペ受験の実態
夫の単身赴任中、子供2人を育てながら、フルタイムで働きながら受験勉強した。朝は子供を送り出して出勤、帰宅したら夕飯を作って、子供を寝かしつけてから参考書を開く。それが毎日だった。「どうやってそんな時間があったの?」とよく聞かれる。正直、睡眠を削った。1日5〜6時間しか寝ていない時期があった。体が持つのかと今でも不思議だけど、当時は「これしかない」という気持ちで動いていた。
完璧にこなそうとしなかったことが、続けられた理由かもしれない
全部を完璧にしようとしていたら、続かなかったと思う。掃除は週に一回にした。夕飯は作り置きを活用した。「ちゃんとした母親でいなきゃ」という気持ちが邪魔をすることがある。でも当時の私は、それを少し手放した。全部完璧にできないなら、優先順位をつけるしかない。受験がある以上、そこに時間をかけることを自分に許した。
「これしかない」と思えたから、動けた
ワンオペで受験勉強ができたのは、「これしかない」と思っていたからだと思う。離婚するかもしれない、ひとりで子供を育てることになるかもしれない。そのための備えとして、看護師免許を取ることが唯一の選択肢に感じていた。今考えると、他の選択肢もあったかもしれない。でも追い詰められた状態だったから動けた、という逆説がある。余裕があったら、もう少し先延ばしにしていたかもしれない。
ワンオペで受験勉強をしていた頃のことを、今でも夢で見ることがある。試験が始まったのに鉛筆がない、という焦る夢だ。それくらい、あの頃の緊張が体に残っているんだと思う。でも夢から覚めると、「もう終わったんだ」と安堵する。あの時期を乗り越えた、という事実が、今の私の土台になっている。
これからフルタイムでワンオペで何かに挑戦しようとしている人に、「無理だよ」とは言えない。私がやってきたから。しんどかったけど、できた。完璧にできなくてもいい。優先順位をつけて、その日できることをやるだけ。それが積み重なって、今がある。
ワンオペで受験勉強した経験が、今の強さになっている。あのときできたなら、これからもできる。そう思えることが、続けていく力になっている。
フルタイムで働きながら、ワンオペで子育てをしながら、受験勉強をするのは正直きつかった。でもそれが今の自分の土台になっている。限られた時間の中で何を優先するか、毎日選択し続けた経験は、看護師になってからも生きている。あの日々を乗り越えられたのだから、今どんな壁も越えられると思えるのが、一番の収穫だったかもしれない。
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