看護学校の実習と子育て。始発で行って、帰ったら記録。それでも乗り越えられた理由。

看護学校の実習と子育て。始発で行って、帰ったら記録。それでも乗り越えられた理由。

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看護学校の実習と子育ての両立は、想像以上にきつかった。

体がきついというより、時間がない。
何もかもが、ギリギリだった。

看護学校の実習と子育てを両立した日々

実習先は、家から遠かった。
始発に乗らないと間に合わない日もあった。

朝の4時台に起きる。
まだ子どもが寝ている時間に、家を出る。

「行ってきます」が言えない朝も、あった。

帰ってからが、本番だった

実習から帰ると、記録が待っていた。

看護実習の記録は、量が多い。
患者さんの状態、今日の看護、明日の計画、自分の学び。
全部書いて、次の日に備えないといけない。

ご飯を作る余裕は、正直なかった。

惣菜を買って帰ることも考えた。
でも惣菜を買う時間があるなら、その分早く帰って記録を進めたかった。
少しでも多く、眠りたかった。

寝不足が、一番こたえた

実習中に一番きつかったのは、寝不足だった。

眠れないまま実習に行くと、頭が動かない。
患者さんのことを考えるべき時間に、頭が霞む。
ミスが怖くなる。
焦りが出る。

それがメンタルにも直結した。
「もう無理かもしれない」と思ったのは、決まって睡眠が足りていない日だった。

睡眠は削ってはいけない。
それが、実習を通じて一番強く感じたことだ。

7割できたら寝る、と決めた

記録にかかる時間は、帰宅してから4〜5時間だった。手書きだった。

逆算すると、眠れるのは4〜5時間。それも、書き終わればの話だ。

最初は、きちんと仕上げようとした。でもきちんと仕上げようとすると、終わらない。終わらないから、寝る時間が削れる。削れると、次の日に頭が動かない。

それで、途中から決めた。

7割できたら寝る。

完璧を目指さない。今日の記録を10割にして睡眠を削るより、7割で寝て、翌日ちゃんと動けるほうがいい。そのほうが、結局は損をしない。

記録は、書き上げた時点で完成ではないと思っている。翌日、実習先で動けるかどうかまで含めて「完成」だ。眠れていない頭で立っていても、患者さんのためにはならない。

もし今、毎晩終わらない記録に追われている人がいたら、自分の中で「ここまでやったら寝る」という線を先に決めてしまうことをすすめたい。その日の気分で決めようとすると、たいてい削られるのは睡眠のほうだ。

1年生と2年生のときは、誰にも頼れなかった

ここは、はっきり書いておきたい。

母が来てくれたのは、3年間ずっとではない。

そのころ、母は祖母の介護をしていた。だから1年生と2年生の実習は、頼めなかった。頼みたくても、母のほうに余裕がなかった。

その間は、全部ひとりでやった。始発で出て、帰って記録を書いて、家のこともやる。誰かが代わってくれることはなかった。

2年生の途中で、祖母が亡くなった。それで、母が来られるようになった。

そういう順番だった、というだけの話だ。助けてもらえるかどうかは、自分の努力では決まらない。相手にも生活があって、事情があって、それは途中で変わる。

だから、もし今「頼れる人がいないから無理かもしれない」と思っている人がいたら、これだけは伝えたい。私も、2年間はひとりだった。それでも実習は終わった。頼れないことは、続けられない証拠ではない。

そしてもうひとつ。母に来てもらうときは、私から、3か月前に頼んだ。

急にはお願いできない。相手にも予定があるし、家を空けるとなればなおさらだ。頼るというのは、頼む準備をすることでもあった。実習の日程が出たら、まずそこから動いたほうがいい。

母が住み込みで来てくれた

実習の期間、母が家に来てくれた。
住み込みで、家事をしてくれた。

正直、これがなければ乗り越えられなかったと思っている。

母が来てくれたことで、子どものご飯の心配がなくなった。
洗濯物が溜まらなくなった。
帰ってすぐ、記録に取り掛かれるようになった。

でも、それ以上に大きかったことがある。

母の手料理が、体を支えた

母は、毎日ご飯を作ってくれた。

惣菜じゃない、手作りのご飯。
野菜がたくさん入った、栄養のあるもの。

最初は「ご飯よりも寝たい」と思っていた。
でも、ちゃんと食べると違った。

夜の記録が、進む。
頭が動く。
体が安定する。

食事ってこんなに大事なんだと、看護学生として勉強しながら、自分の体で実感した。

いてくれる、それだけでよかった

母が来てくれた一番の理由は、家事でも料理でもなかったかもしれない。

「いてくれる」ことだった。

実習の愚痴を聞いてくれた。
「今日こんなことがあってさ」と話すだけで、少し楽になれた。

子どもたちにとっても、お母さんが帰ってきたときに「おかえり」と言ってくれる大人がいることは、大事だったと思う。

子どもたちも、文句を言わずに待っていてくれた。

ここは正直に書いておきたい。夫は、家のことでは協力してくれなかった。反対されたわけでも、けんかをしたわけでもない。ただ、そういう関係ではなかった、というだけだ。

だから、私にとっての「家族の協力」は、ほとんど母のことだった。家族との3年間をどう組み立てたかは、こちらに書きました

それでも、乗り越えられた。頼れる人が何人もいる必要はなかった。ひとりいれば、回った。

看護学校を目指す人へ

実習の時期は、一人でやり遂げようとしない方がいい。

正直に「助けてほしい」と言える人が周りにいるなら、遠慮せずに頼ってほしい。
子育て中なら、特に。

食事、睡眠、誰かに話を聞いてもらうこと。
この3つが確保できると、実習は乗り越えられる確率がぐっと上がる。

私がそうだった。


「看護学校は、家族の協力がないと無理」とよく言われる。
その通りだと思う。

でも、「協力してもらえる環境を作ること」も、自分の仕事だと思っている。
事前に話し合うこと、感謝を伝えること、家族に状況を共有すること。

そういうことの積み重ねが、乗り越える力になる。

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